屋風呂神社|カミムスビの御子ヤヒロホコを祀る
松江市宍道町東来待にある屋風呂神社。お名前的に温泉的な雰囲気が漂う感じですが、実はここには出雲国風土記のみに登場する神様が祀られているのです。民家の中にひっそりと佇む神社に、なぜこの神様が!?
屋風呂神社の御祭神
八尋鉾長依日子命
出雲国風土記にカミムスビの御子として登場。古事記や日本書紀には見えない神様。鉾を持ち、ヒコの名を持つという事から、偉大な王の息子としての期待が伺えます。
神社名の「ヤフロ」は恐らく御祭神名の「ヤヒロ」がなまったものと考えられます。
屋風呂神社以外では、生馬神社に祀られているのですが、出雲国風土記の生馬郷の条には次のように記述されています。
島根郡生馬郷
神魂命の御子 八尋鉾長依日子命、「吾が御子、平明らかにして憤まず。」と詔りたまひき。故に生馬と伝ふ。
つまりヤヒロホコは自分の息子が心安らかで不平不満を言わないと褒めているのですが、この事からヤヒロホコが子育ての名人であった事が伺えます。そしてヤヒロホコは子供のしつけの神様と崇敬されるようになったのだとか。
屋風呂神社の御由緒
詳しい資料が無く、生馬神社の御由緒記から取得した情報を頼りにお伝えします。江戸時代 元禄13年(1700年)の棟札が残っており、少なくとも300年以上の歴史を持っている事が分かっています。
屋風呂神社は来待神社の境外末社であり、明治期には来待神社に合祀されたそうです。そして戦後になってから現在の地に社殿を構え、御祭神を戻したのだとか。それほどまでに地域に望まれた神様とは、いったいどんな信仰があったのでしょう。愛情を感じます。
来待という地名は来待神社の御由緒によると、三輪山の神様をお迎えするのを心待ちにしていた「来る」のを「待つ」に由来しているそうです。三輪山・大物主との関係があるのか無いのか、今となっては分かりません。来待神社も、その元宮と想像される名前の「来待本宮」が存在し、そこの御祭神は月夜見となっていて、さらに謎が深まってしまいます。。
ヤヒロホコの祀られている神社は生馬神社と屋風呂神社だけ。それが宍道湖の対岸に位置しているのはどんな意味があるのでしょう。生馬神社の周辺にはヤヒロホコと同じカミムスビ一族を祀る神社がたくさんありますし。大変興味深いところです。
屋風呂神社の境内
御本殿
御本殿は春日造で、千木は男千木、御神紋は出雲大社と同じ二重亀甲剣花菱、方角は東を向いています。
十三の祠
御祭神不明の祠群が本殿裏に鎮座しています。
謎の摂社
石造りの祠。こちらも御祭神不明。本殿を見下ろす位置に鎮座しています。
屋風呂神社へのアクセス
JR来待駅から車で約5分。
神社の前に広いスペースがありますが、神社専用のものなのか不明です。住宅に囲まれた位置にあるため、ご近所迷惑にならないように参拝しましょう。
まとめ
出雲国風土記にのみ登場するヤヒロホコは、生馬神社とここ屋風呂神社に祀られていました。両社の関係性も分かりませんが、地元の方々の強い信仰があって、明治の神社整理を生き残った事は確かです。それほど大事にされる神様「ヤヒロホコ」とはいったいどんなお方なのでしょうね。
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