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鬼神神社|スサノオ降臨の場所!一緒に来たはずの息子はどこへ!?

スサノオの足跡を追ってたどり着いた神社。

今回ご紹介するのは鬼神神社(おにがみじんじゃ)です。この神社の近くにはスサノオが降臨されたとする船通山があり、やはりこの神社にもスサノオ降臨に関わる伝承が残されています。

ヤマタノオロチを退治される前、高天原と呼ばれる天上界から地上に降りてこられたスサノオ。その足取りを追いかけてみましょう!

 

スサノオが岩船に乗ってやってきた鬼神神社

鬼神神社の入口脇に鎮座する巨石。

これはスサノオと息子である五十猛命(イソタケル)が乗ってきた船が岩化したものであると言われています。通称、岩船大明神。

地上に出ているのは2メートルほどですが、地下にはさらに数メートルの大きさが埋まっており、人間の力で動かす事はできないと言われているほど。

ちょっと待って!そもそもこの鬼神神社の場所を見ていただきたい。

もう完全に山の中。空でも飛んで来たのではないかと考えたくなる位置ですね。少し冷静にスサノオ降臨の神話を紐解いてみたいと思います。

 

古事記に見るスサノオ降臨神話

高天原で姉のアマテラスと気まずくなってしまったスサノオ。その原因はスサノオの横暴な行動にあるのですが、結局のところスサノオは高天原から追放されることになってしまいます。

スサノオは斐伊川上流の鳥髪という場所に降り立ちました。とあります。

現在この鳥髪というのは鬼神神社近くの船通山という山に比定されています。

 

日本書紀に見るスサノオ降臨神話

高天原で姉と気まずくなり、地上へ追放されるところまでは古事記と共通しています。しかし日本書紀にはいくつもの異伝が存在します。

ある異伝ではスサノオは安芸の国(広島県)に降臨し、ある異伝ではヤマタノオロチが登場すらしません。

出雲地方に色濃く残る神話は第四異伝と呼ばれる神話で、次のようなものです。

高天原を追放されたスサノオは新羅に降り立ちました。しかし「ここは私のいる場所にはふさわしくない」といって赤土で船を作り、出雲の国を目指して航海をしたのです。その船には息子である五十猛命(イソタケル)、娘である大屋津姫命(オオヤツヒメ)、抓津姫命(ツマツヒメ)が乗っていました。

船に乗ってきた事はこの日本書紀第四異伝によって分かりました。そして調べていくとさらに面白いことが分かりました。息子である五十猛命の名前が残る海岸があるのです!

出雲から西へ走ったところにある大田市には五十猛(いそたけ)という地名があります。この地には五十猛神話というものがあり、スサノオが新羅から上陸してきた歴史を伝えています。

五十猛神話

昔々、スサノオという神様が息子である五十猛命(イソタケル)、娘である大屋津姫命(オオヤツヒメ)、抓津姫命(ツマツヒメ)と一緒に船でやってきました。スサノオは東の国で成すべきことがあると言って、息子・娘を残し旅立ちました。

しばらくするとイソタケルのもとに「父がヤマタノオロチを退治した」という情報が届きます。イソタケルは姉妹を残し、父を追いました。するとそこにはオロチとの死闘を繰り広げた後、草木が倒され荒れ果てた姿になった景色が広がっていました。イソタケルはその焼け野原に木を植えて周りました。。云々

これも日本書紀と符合する内容で、かつ鬼神神社の御由緒と符合する内容です。

 

 

スサノオ親子が出雲の国に降臨したという神話は、古事記の観点から見ても、日本書紀の観点から見ても、この辺りの地域の事を指すのでしょう。しかし!問題はこれからです!

 

五十猛神話との矛盾とは!?

矛盾1.スサノオの結婚!?連れ子はどうする!?

五十猛神話によると三人の子供を五十猛の地に残し、ヤマタノオロチの討伐に出かけたスサノオ。しかし、その旅先で稲田姫を妻に娶り、幸せに暮らしましたとさ・・という事になっています。

おいおい!残してきた子供はどうする!?という疑問とともに、イソタケルの母は誰?という疑問が浮上します。どちらも正確な御由緒を見つけることができませんでした・・・

 

矛盾2.五十猛神話の続き

先ほどご紹介した五十猛神話には続きがあるのです。

五十猛神話の続き

父の活躍を見てきたイソタケルはある志を胸に、妹たちが待つ町に帰ってきました。その志とは、植林によって人々の生活を豊かにすること。妹たちも兄の意思に従い、新たな旅に出ました。その活躍によって国々は緑で満たされ、雨水は綺麗な川となり、村では米や麦が実り、人々の生活は豊かになりました。

残された村人たちは神社を造ってイソタケルを祀り、村の名前を五十猛としました。

つまり、イソタケルは一度帰って、その後全国へ旅立ったという事になっています。しかし、鬼神神社にはイソタケルのお墓があるのです!

 

五十猛命の御陵(お墓)

神社境内から150m程、裏山を登った所にある御陵。

これが意味するものは何でしょうか?全国を旅してまわったあと、この地で最期を迎えたのか?五十猛に戻る前に亡くなったのか・・・

古事記によるとイソタケルは大屋毘古神(オオヤビコノカミ)という名前で登場し、木の国(和歌山県)に鎮座しています。因幡の白兎神話において、大国主命が命を狙われていた時、木の国で脱出を助けたのがイソタケルとされています。逃がした先はスサノオがいる根の国(場所は不明)となっています。

つまり、イソタケルはスサノオの6代孫であるオオクニヌシの時代までは生きていて、木の国にいたことになりますが・・・イソタケルについてはこれくらいにしておきます。次回、追加調査をいれましょう。。

御陵は木に囲まれ、植林に携わったイソタケルにとって相応しい場所になっていました。見上げた空は清々しい色をしていました。

 

鬼神神社の本殿

大社造り、男千木、御神紋は亀甲に剣花菱。

社殿は南を向いていました。

 

それにしてもなぜ鬼神神社と呼ばれているのか・・・

 

鬼神神社へのアクセス

最寄りの出雲横田駅からは車で7分。歩くと1時間程度かかります。公共交通機関は通っていませんので、車でのご移動をおすすめします。

 

まとめ

さすが出雲という矛盾と謎を秘めた神社。

スサノオが降臨したという場所には、古事記にも日本書紀にも当てはまらない謎が秘められていました。イソタケルの足取りについても追加調査をしていきたいと思います!

最後まで読んでくださってありがとうございます!

皆様に素敵なご縁が結ばれますように!!

 

 

 

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