【東国三社】香取神宮は男の子の憧れデザイン!ご本殿が見つめる先には・・・?
東国三社参りの三社目に参拝したのは、経津主(ふつぬし)をお祀りする香取神宮。
東国三社についてはこちら
香取神宮のご祭神とご由緒
経津主(ふつぬし)
香取神宮の公式では経津主大神とある。
創建は神武天皇18年とありますので、2660年くらいの歴史がある事になります。
ちなみに鹿島神宮は神武天皇元年とありますので、日本の建国年数と同じ歴史という事になります。
出雲ではあまりメジャーではない、お祀りされている神社が少ないです。
古事記には「フツミタマ」という伝説の剣で登場していますが、一方日本書紀では建御雷とともに稲佐の浜に降臨しています。
しかも、二度にわたる国譲り交渉に失敗した天照大神陣営は、次の使者を誰にするのか悩んでいました。
その時に、「次はあなたしかいない!」と推挙されたのが経津主であったと日本書紀は伝えています。
つまり、日本書紀においては経津主の方が主役級!
古事記では建御雷が主役で経津主は登場さえしていない!
東国三社ではこの事に配慮してか、建御雷は鹿島神宮、経津主は香取神宮として同格にお祀りされています。これは古事記と日本書紀が編纂された奈良時代に固まったご由緒ではないかと想像します。
また、明治以前は「神宮」と言えば三社しかなかったようです。
それは伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の三社なのですが、国譲りを完成させた天皇家の祖先の偉業を称えて・・という趣旨で整備されたのかもしれません。
詳しくはこちらの記事に書きました
ちなみにその当時は「大社」と言えば出雲大社しかなかったそうです。
勇壮華麗なご本殿
武神をお祀りするだけあって、男心をくすぐるデザイン。
黒と金が織り交ざった装飾でありながら、ご本殿は流造を採用し、流線形が美しい。
金物装飾一つ一つが職人の「どうじゃい!」という気概を感じます。
奥宮
武御雷の荒魂を祀る奥宮。
奥宮というお名前でありながら、ご本殿よりも参道に近い方に鎮座しています。
実はご本殿の北方向を辿っていくと、利根川に当たります。
この河岸には「津宮鳥居(つのみやとりい)」という
香取神宮の「本当の玄関口」と思われる鳥居があります。
津宮鳥居を正式な参道入口と捉えると、奥宮の位置関係にも納得がいくのです。
現在の奥宮は昭和48年に遷宮した伊勢神宮の古材を再利用したものだそうです。
楽しい 参道商店街
香取神宮の参道には商店が立ち並び、派手では無いですが、楽しくほっこりした気分になれます。
亀甲堂というお店を発見!
出雲人としては見逃せないお名前だったもので・・・
このみたらし団子が絶品!
焼きたてをたれにつけてくれるので、寒い日には特に美味しく感じられました。
香取神宮の謎
香取神宮のご本殿は南東を向いています。
その向きをずーっと進むと、その先には小笠原諸島。
恐らく日本の国境ライン、そして防衛の要である小笠原諸島を向いているのだと思われます。
東国三社を振り返って考えると、ご本殿の向きには面白い事が分かります。
- 鹿島神宮は北
- 香取神宮は南東
- 息栖神社は南西
それぞれが国の要地を見つめ、守護していると考えられます。
その要地というのを私なりに考えると、
- 鹿島神宮は東北地方
- 香取神宮は小笠原諸島
- 息栖神社は東京湾
という見立てですが、地元の伝承に御詳しい方がいらっしゃったら、ぜひご教授いただきたいところです。
これまでの記事をリンクしておきます。
【東国三社】息栖神社に今も息づく出雲とのご縁!出雲の神の正体!?
いずれにしても、カッコいいご本殿を見て、ミステリーに惹かれ、美味しい団子を食べて大満足でした。
東国三社はどれも魅力的でしたが、香取神宮が一番私には楽しめました。
皆さんはいかがでしょうか?
最後まで読んでくださってありがとうございます。
皆様に良いご縁が結ばれますように!
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