那売佐神社|スセリヒメの実家?古事記を揺るがす謎のお社
出雲大社から南へ12㎞。那売佐神社(なめさじんじゃ)はあります。
古事記に記載されている大国主命の正妻「須勢理姫(すせりひめ)」をお祀りする神社です。
このお社には古事記に書かれている事を覆す伝承があります。
それは何と、須勢理姫はこの地で誕生した!というものです。
那売佐神社の御由緒
出雲の風土記によると、大国主命が須勢理姫のもとに妻問い(求婚)にお越しになった時の事。
御屋敷の前に盤石があり、表面が滑らかだったことから
「滑盤石(なめしいわ)なるかも」
と仰ったので、それが郷の名前になったと伝えられています。
画像引用:wikipedia
那売佐神社の直ぐ近くに「なめしいわ」に比定される岩坪があります。
地元の方に伝わる伝承では、須勢理姫はこの岩坪で産湯を浸かったと言われています。
那売佐神社の御由緒と古事記の矛盾
古事記では大国主命と須勢理姫が出会うのは根の堅洲国(かたすくに)で、須佐之男命が支配する領域でした。
八十神に命を狙われて、須佐之男命を頼って根の堅洲国にたどり着いた大国主命は、須佐之男命の娘に一目ぼれしてしまうのでした。
須勢理姫との出会いはこちら
ところが、那売佐神社の御由緒を信じるならば、ここが姫の実家という事になってしまいます。
しかし、この神社には須佐之男命の気配がありません。
境内摂社に祀られているのは「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)」、つまり須佐之男命のお父さん。須勢理姫から見れば祖父という事になります。
これはなぜか?父方の実家という事になるのでしょうか?
那売佐神社のご本殿の向き
ご本殿は南東を向いています。
大国主命が鎮座する出雲大社は北の方角に位置しています。
大国主命は西を向いて、正妻の須勢理姫は南東を向いている。
須勢理姫が見つめる南東には何があるのか?
その方角には須佐神社があります。
須佐之男命の終焉の地。
つまり、お父さんの御霊を祀った神社なのです。
須佐神社はこちらに詳しく書きました
謎の神様「須勢理姫」
実はまだ須勢理姫については分からない事が沢山あります。
古事記でも明らかになっていませんが、須勢理姫の母親が不明です。
須佐之男命の娘という事は明らかなのですが。。
須佐之男命と稲田姫との物語は八岐大蛇神話から始まり、結婚に至るまで詳細に描かれていますが、
その二人の子としては「ヤシマジヌミ」という男神が書かれているのみ。
そのほかに須佐之男命の娘というのは天照大御神との誓約で生まれた「宗像三女神」だけです。
しかしなんと、日本書紀と出雲風土記には別の記述があります。
日本書紀では須佐之男命の御子として三柱
- 五十猛命(イソタケルノミコト)
- 大屋津姫命(オオヤツヒメノミコト)
- 柧津姫命(ツマツヒメノミコト)
出雲風土記には須佐之男命の御子として五柱
- 青旗佐久佐日子命(アオハタサクサヒコノミコト)
- 都留伎日子命(ツルギヒコノミコト)
- 衡鉾等乎而留比古命(ツキホコトオテルヒコノミコト)
- 磐坂日子命(イワサカヒコノミコト)
- 国忍別命(クニオシワケノミコト)
- 和可須世理比売命(ワカスセリヒメノミコト)
- 八野若比売命(ヤヌノワカヒメノミコト)
恐らく出雲風土記に見える「和可須世理比売命」がスセリヒメなのではないかと思われますが、完全に同じ神の事なのかは誰もわかりません。
未だに謎の残る大国主命の正妻 須勢理姫。
那売佐神社に訪れた方はどのような気を感じるのでしょうか?
ぜひ一度ご自身でお確かめください。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
皆様に良いご縁が結ばれますように!
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